作者:金茂律师事务所 段洁琦 律师
2021年4月26日、『中華人民共和国先物法(草案)』(以下「草案」という)が初めて公布されました。これにより、中国の先物法の分野は大きな進歩を遂げており、特に店頭デリバティブ商品分野に関連する規定が草案に明確に盛り込まれたことによって、実質的な立法動向 が見られました。以下草案のポイントを解説します。
1.店頭デリバティブ取引への適用
「草案」第2条によれば、「中華人民共和国内、先物及びその他店頭デリバティブ取引及び関連活動は本法を適用する」と規定されています。したがって、「草案」の適用対象には先物のみならず、その他店頭デリバティブも含まれることとなります。同草案第3条によれば、「本法にいうその他店頭デリバティブとは、標準化されていないオプション取引契約、スワップ取引契約及びフォワード取引契約等、その価値が目的物の価値の変動に頼りかつ標準化されていない将来に行われる取引の契約を指す」とされています。ここでいう「目的物」には、「農産物、工業製品、エネルギーなどに係る商品、サービスおよび関連指標、ならびに有価証券、金利、為替レートなどの金融商品および関連指標」が含まれます。
中国では、従来、店頭デリバティブ商品に関連する規定は各部門規則に散在しており、銀行、証券、保険業界においてそれぞれの規則や契約見本を公布されておりますが、上位法がないのが現状であります。しかしながら、「草案」には、「その他のデリバティブ取引」に関する特別な章を設けることなどにより、金融デリバティブ商品の法的性格や業務規制などの問題が初めて全国人民代表大会常務委員会(全国人民代表大会の常設機構、全国人民代表大会が日本の国会に相当)による立法のレベルまで提起されたので、中国における統一的な金融デリバティブ商品市場の構築に資するかと思われます。
2.シングル・アグリーメント制度及びネッティング制度の確立
当該「草案」で一番目を引かれるのは、デリバティブ取引の重要制度である「シングル・アグリーメント」(Single Agreement)及び「ネッティング」(Netting)が中国の法律で初めて明確される点であり、画期的な意味を持ちます。
「シングル・アグリーメント」に関して、「草案」の第35条では、「本法の規定に従い届出をされたマスター・アグリーメント、マスター・アグリーメントに基づいて交わされたすべての付属書類、および取引当事者による各具体的な取引に対する約定等は一体となって取引当事者間に完全かつ単一な合意を構成し、法的拘束力を有する」と規定されています。
また、「クローズアウト・ネッティング」に関して、同草案第37条では、「本法第35条に定めた契約方法に基づきその他のデリバティブ取引を行う場合には、約定された状況が発生したことにより、取引を終了させることができ、かつ契約におけるすべての取引の損益をネッティング決済することができる。 前項に従って行われたネッティングは、取引当事者のいずれかが法律に基づき破産手続に入ったことにより、無効とされ又は取り消されることはない」とされています。
足元では、中国では、店頭デリバティブ取引市場を規範化するため、中国先物業協会、中国証券業協会及び中国証券投資ファンド業協会により「中国証券・先物市場場外派生商品取引マスター契約」(以下「SACマスター契約」という)が公布され、また、中国銀行間市場商協会により「中国銀行間市場金融派生商品取引マスター契約」(「以下「NAFMIIマスター契約」という)が公布されました。証券・先物市場マスター契約及びNAFMIIマスター契約では、ISDAマスター契約を参考に、ネッティング制度及びシングル・アグリーメント制度が導入されました。また、近年、中国の裁判所は、基本的に新たな取引形態を否定せず、法に従い保護するという立場にあります。
とはいえ、当該二つの制度はなお中国の法律上明確に認められていません。特にクローズアウト・ネッティングに関しては、「中華人民共和国企業破産法」(以下「企業破産法」という)によって管理人がチェリーピッキング権(cherry-picking right)を与えられたので、仮に債務者が破産手続に入り、管財人がネッティング制度及びシングル・アグリーメント制度を承認しなければ、破産側(債務者)としての有利な取引を継続履行させ、又は不利な取引を終了させることができると思われます。さらに、破産手続に入っていない場合においても、管財人がネッティング制度及びシングル・アグリーメント制度を承認しなければ、管財人が「企業破産法」に定めた破産申請前6か月以内の個別返済行為の取消権を行使する可能性があるので、クローズアウト・ネッティングの執行にも影響を与えると思われています。
これらの適用問題に対して、今後「企業破産法」の法整備に伴い、破産法の面で特別な規定や解釈が設けられるのではないかという報道もありましたが、今回「草案」の公布により当該問題の解決案が初めて明らかになったと思料されます。すなわち、特別法が一般法より優先されるという原則に基づき、先物法に定めたクローズアウト・ネッティングの関連規定が破産法に定めた管財人のチェリーピッキング権より優先的に適用される可能性が高いと考えられます。
3.CSAへの承認
なお、「草案」第36条では、「その他のデリバティブ取引の当事者は、法律に従い質権設定契約や他の担保機能を有する契約を締結するなどの方法により、その他のデリバティブ取引の履行のための担保を提供することができる」と規定しています。これにより、CSA(Credit Support Agreement、中国では「履約保障文件」と呼ばれている)に関しても、法律上認められる可能性は高いと考えられます。また、現在の中国国内のNAFMIIマスター契約とSACマスター契約には、「履約保障文件」として、質権式と譲渡式の二つの種類があります。しかし、その中、譲渡式には法律上なお大きな議論があるので、あまり使用されていません。実務上、質権式のほかに、例えば、商品デリバティブの分野では、保証金制度を多く取り扱われています。保証金制度はその法的性格が従来曖昧にされてきましたが、中国民法典の施行に伴い、非典型的な担保に該当することが確立されました。したがって、当該「草案」に「質権設定契約及びその他の担保機能を有する契約」という表現を使われたのは、実務上の運用と民法典の実施との両方を考慮したのではないかと思料されます。
4.取引制度及び契約文書雛形の届出
中国金融業への監督がますます強化される中、「草案」第33条および第34条では、従来当局による金融機関の市場参入資格や新規事業の承認の要求に加えて、取引制度や契約文書雛形の届出も求められるとされています。実務上、金融機関がそれぞれマスター契約の様式を用意していますが、商品ごとにマスター契約の様式が変わることや、NAFMIIマスター契約やSACマスター契約を採用せず、独自の契約書を作成していること、独自の契約書にはネッティング制度、シングル・アグリーメント制度及び瑕疵資産制度等ISDAマスター契約の仕組みを取り入れられていないこと等様々なケースが想定されます。したがって、マスター契約書が唯一でない場合にすべてのマスター契約を提出する必要があるのか、ISDAマスター契約のように三つの制度を取り入れていない独自のマスター契約を採用している場合に当該マスター契約書の届け出ができるか、さらに届出できない場合には契約の効力に影響があるか等多くの問題を抱えています。
5.その他関連規定
上記に加え、「草案」第40条第1項では、「本法に規定されていないその他のデリバティブ取引および関連活動の取引決済、自主規制、監督管理、クロスボーダー管轄・提携に関する規則は、本法の原則に基づいて国務院が規定する。」と規定されています。従って、今後、店頭デリバティブの取引決算、自主規制、監督管理、クロスボーダー管轄や提携などに関して、国務院が先物法に基づきより詳細的な規定が策定されるものと予想されます。
6.終わりに
以上で述べたように、中国『先物法(草案)』の公布は、先物取引のみならず、中国店頭デリバティブ市場の法律整備に対しても大きな促進効果があると考えられています。特にネッティング制度とシングル・アグリーメント制度の確立されておりませんが、今回の草案の公布によって、中国でクローズアウト・ネッティングの適用問題が中国法律の面で解決される方向性を示されている点で、画期的な意義を有しているかと思料されます。
【執筆者】
弁護士 段潔琦
金茂律師事務所所属(2012年弁護士登録)。2010年に華東師範大学を卒業し法学修士学位を取得。2008年-2009年間に日本神戸大学に留学。2010年9月に当事務所入所。2012年に岩田合同法律事務所に短期研修。主に金融取引関連(ファイナンスリース、商業ファクタリング、デリバリー商品)、外商投資、会社法関連の分野に携わっている。