金茂研究センター
中国におけるISDAマスター契約のネッティング制度の執行の可否について

​作者:上海市金茂律师事务所 郁志明律师、段洁琦律师                                                                                    

一、中国法におけるネッティング制度の歩み

中国の店頭デリバティブ取引市場は、その歴史が浅く銀行システムに導入されたのが始まりと言われています。目下のところ、中国国内外においてデリバティブ市場の主導者は、銀行、証券会社及び先物リスク管理会社であるのが一般的とされています。その取引商品は外貨スワップ(先渡)、金利スワップ、収益スワップなどがあります。店頭金融デリバティブ取引市場を規範するため、中国先物業協会、中国証券業協会及び中国証券投資ファンド業協会により「中国証券・先物市場場外派生商品取引マスター契約」が公布されました(以下「証券・先物市場マスター契約」という、2014版)。また、中国銀行間市場商協会(以下「NAFMII」という)により「中国銀行間市場金融派生商品取引マスター契約」が公布されました(「以下「NAFMIIマスター契約」という、2009版)。なお、証券・先物市場マスター契約及びNAFMIIマスター契約は、すべてISDAマスター契約を参考にして構成され、ネッティング制度も導入されました。そのなかにはクローズアウト・ネッティングも含まれています。

また、中国の法律においては、原則としてISDAマスター契約に関わる全体的な仕組み、内容及びネッティング制度の効力が認められています。しかし、店頭デリバティブに関してのネッティング制度、特にクローズアウト・ネッティングに対する法的概念が明確でないため、クローズアウト・ネッティング制度が存在する特殊性が、法律の強行規定とバッティングすることになりかねません。以下では、クローズアウト・ネッティング制度が中国法において適用される現状を分析します。

二、中国法におけるクローズアウト・ネッティング制度の適用状況

クローズアウト・ネッティング制度の核心部分は、契約の期限前終了とその相殺と言うことができます。クローズアウト・ネッティング制度に関わる中国の現行法規は、契約法及び企業破産法に集約されていると言えます。そこで、以下では、この2つ法律におけるクローズアウト・ネッティング制度の適用について説明します。

(一)クローズアウト・ネッティング制度と契約法との関わりについて

全体的に言えば、中国においてもクローズアウト・ネッティング制度は法的に支障なく有効に行うことができます。

(1)契約の期限前終了と契約法との関わりについて

契約の期限前終了に関する法規定は、契約法第93条及び94条に定められております。その内容については、協議による解除、条件付き解除、法定解除の3通りです。

第93条  当事者は協議がまとまった場合、契約を解除することができる。

当事者は、一方当事者による契約の解除条件を契約で定めることができる。契約の解除条件が成就した時、解除権者は契約を解除することができる。

第94条  以下に規定する事由のいずれかがある場合、当事者は契約を解除することができる。

(1)不可抗力により契約の目的が実現不能になったとき

(2)履行期限満了以前、一方当事者が主要な債務の不履行を明確に表示し又は自己の行為をもって表明した時

(3)一方当事者が主要な債務の履行を遅滞し、催告を経た後合理的な期間内に履行しなかったとき

(4)一方当事者の債務の履行遅滞又はその他の違約行為により、契約の目的が実現不能になったとき

(5)法律で規定するその他の事由

その他、契約の期限前終了、つまり、契約上の権利義務の消滅は、契約上の決裁又は清算条項の効力に影響を与えない(契約法第98条)。

第98条 契約上の権利義務の消滅は契約上の決済又は清算条項の効力に影響を与えない。

(2)相殺と契約法との関わりについて

契約法において相殺についての規定は、主に第99条及び第100条に集約しており、法定相殺及び合意相殺の2つの方法があります。法定相殺の条件に該当する場合、即ち、同種類、同品質の債務の目的物であれば、当事者が自由に相殺権利を使用できます。ただし、相手方に通知義務が必要な場合、または、種類、品質が同一債務の目的物でない場合は、双方の合意により相殺することができます。

第99条 当事者が互いに期限の到来した債務を負い、かつ当該債務の目的物の種類、品質が同一の場合、いずれの当事者も自己の債務をもって相手方の債務と相殺することができる。ただし、法律の規定又は契約の性質により相殺することができない場合を除く。

当事者が相殺を主張する場合、相手方に通知しなければならない。通知は相手方に到達した時に効力を生じる。相殺は条件又は期限を付することはできない。

第100条 当事者は相互に債務を負うが、目的物の種類、品質が同一とは言えない場合においても、双方の合意により相殺することができる。

当然ながら、ISDAマスター契約におけるネッティング制度は、契約法における相殺とは完全に一致するものではありません。二者のもっとも重要な区別は、ネッティング決済前の各取引を独立債務として見なすのではなく、ネット・ベースで計算した後の差額を独立債務とすることであります。これはISDAマスター契約に関連するもう一つの重要な制度で、即ち、単一契約制度であります。ところで、ネッティングと民法上の相殺との区別は、中国の契約法において特にネッティング制度に実質的な影響を与えていませんが、中国の破産法においては一定の支障が生ずることになりかねませんので、これについては、以下に詳しく述べることにします。

(二)クローズアウト・ネッティングと企業破産法との関わりについて

(1)単一契約性

中国はISDAマスター契約を参考にして中国のNAFMIIマスター契約と証券・先物取引マスター契約にも単一契約制度という概念を取り入れました。ところが、中国現行法では、単一契約の概念を承認する法律規定がまだ存在しないなか、ISDAマスター契約にしても、NAFMIIマスター契約と証券・先物取引マスター契約にしても、尚多くの店頭デリバティブ取引が適用されています。これらの店頭デリバティブ取引においては、その取引対象、金額、決済方法などの条件が完全に異なり、他の取引に影響を受けず独立して存在しています。したがって、法律法規に明確な規定がない限り、前述のマスター契約に単一契約制度があったとしても、互いに独立した取引と見なされるリスクが否定できません。

(2)契約の期限前終了と企業破産法との関わり

中国の企業破産法はクローズアウト・ネッティングに影響する一つのネックであると言われています。即ち、管財人のチェリーピッキングにより一部の取引の契約の期限前終了が認めない点にあります。それについて、以下に検討していきたいと思います。

まず、管財人が単一契約を認めない場合に、管財人は、マスター契約において全ての取引を独立した契約と見なし、企業破産法第18条第1項に基づきチェリーピッキングによって、破産側としての有利な取引の履行継続を決定するか、または不利な取引を終了することができます。

第18条 人民法院が破産申立を受理した後に、管財人は、破産申立が受理される前に成立した債務者及び相手方当事者のいずれもが履行を完了していない契約について解除又は履行継続を決定する権利を有するものとし、かつ相手方当事者に通知する。管財人が破産申立を受理した日から2ヶ月以内に相手方当事者に通知しなかった場合、又は相手方当事者からの催告を受領してから30日以内に回答しなかった場合には、契約を解除するものと見なす。

管財人が契約の履行継続を決定した場合は、相手方当事者は履行しなければならない。他だし、相手方当事者は、管財人に担保の提供を要求する権利を有する。管財人は担保を提供しない場合は、契約を解除するものと見なす。

次に、クローズアウト・ネッティング制度は、非破産側に全ての取引を期限前に終了させる権利を与えています。しかし、企業破産法第18条第2項によれば、管財人は契約の履行継続を決定する権利を有していると同時に、尚且つ契約の履行継続を決定することもできます。後者の場合に、非破産側は履行しなければならないこととなります。したがって、非破産側は、マスター契約に基づいて契約の期限前終了の権利を有しても、管財人に継続履行を決定されれば、当該権利が制限されることになりかねません。

さらに、前述の通りに企業破産法とのコンフリクトがあるものの、契約の期限前終了の時間によっては、当該コンフリクトや制限を避けられることができる可能性も存在します。クローズアウト・ネッティングにおける破産による契約の期限前終了は、2つの状況に分かれています。一つ目は、非破産側が期限利益の喪失日を書面で通知する場合に、当該期限利益の喪失日が到来した日により全ての未履行取引が終了することになります。二つ目は、自動的に契約の期限前終了を適用する場合に、破産手続に入る前に全ての未履行取引が自動的に終了することになります。二つ目の場合には、「企業破産法」の適用範疇に入っていないので、前述の制限が生じません。一つ目の場合においても、裁判所が破産申立を受理する前には、管財人を指定されていないからであるので(同法第13条では、裁判所が破産申立を受理したと同時に管財人を指定するとされています)、勿論、前述の制限も生じません。逆に、非破産側が裁判所により破産申立を受理された前に契約の期限前終了の権利を行使しなかった場合、前述のコンフリクトや制限がなお存在するリスクがあります。寧ろ、実務上、このようなことが普通に起きている点に留意する必要があると思います。

(3)相殺と企業破産法との関わりについて

まず、「契約法」上の相殺と違い、「企業破産法」における相殺は相殺を自由に行う権利を非破産側に与えていないため、非破産側が「企業破産法」第40条に基づき管財人に相殺を主張する必要があると思料されます。

第40条 債権者は、破産申立が受理される前に、債務者に対して負う債務について、管財人に相殺を主張することができる。ただし、次の各号に掲げる事由のいずれかがある場合は、相殺してはならない。

債務者の債務者が、破産申立が受理された後に、第三者の債務者に対する債権を取得した場合債務者期限の到来した債務を弁済できない事実又は破産申立をした事実があることを債権者がすでに知っていながら、債務者に対して債務を負っている場合。ただし、債権者が法律の定めにより又は破産申立の1年前に発生した原因により債務を負担した場合を除く

債務者が期限の到来した債務を弁済できない事実又は破産申立をした事実があることを債務者の債務者がすでに知っていながら、債務者から債権を取得した場合。ただし、債務者の債務者が法律定めにより又は破産申立の1年前に発生した原因により債権を取得した場合を除く

また、「企業破産法」第40条においては、非破産側に相殺を主張する権利を与えているが、相殺を認められない場合も規定されています。即ち、非破産側が相殺を主張することは管財人の審査を受けなければならず、審査を経て相殺してはならない場合に該当すると認められたときに、管財人がその相殺を拒絶することができます。一方、マスター契約が締結された後、尚且つ契約終了前に、これに基づく取引が次から次へと発生し、カウンターパーティーが破産申立になった後に続く可能性があるし、ないし破産を受理された後にも続く可能性でもあります。さらに、双方は各取引において債権者か債務者としての役割も確定できずに変わっています。したがって、「企業破産法」第40条に定める相殺してはならない場合に該当して相殺が認められないリスクが必ずしも避けられることがないので、非破産側は、クローズアウト・ネッティングによって自由に相殺を行うことは難しいという点を認識する必要があろうかと思料されます。

次に、ネッティングと相殺の区別もクローズアウト・ネッティングの実現に支障となっていることが前述の通りであります。仮に単一契約の概念に基づいて全ての取引を一つの取引として見なされた場合は、ネッティングがただの会計上の処理に過ぎず、最終的にネット・ベースで算出された支払額が一つの契約に基づいて成立した単独債務と見なされます。しかし、前述のように、単一契約制度そのものが認められない可能性がありますので、仮に管財人が単一契約を認めない場合に、マスター契約における全ての取引を一つの取引とし、ネッティングによって単一のネット・ベースでの支払額を算出することができません。その一方、非破産側は各取引に対して各々相殺を主張しなければならないし、さらに「企業破産法」第40条に基づく相殺に関わる制限を受けることになりかねません。

さらに、債権者平等原則は中国の「企業破産法」の立法原則の一つでもあります。即ち、法定の優先弁済権がない限り、普通債権者らが弁済を受ける権利が平等的なものであります。しかし、「企業破産法」第40条により相殺を認められた普通債権者はすでにほかの普通債権者より多くの弁済機会を取得しています。一方、クローズアウト・ネッティング制度は、非破産側にさらに大きな弁済権を与え、さらなる弁済範囲を拡大するになります。この意味においては、クローズアウト・ネッティング制度が中国で非破産側に与えた当該「特権」は債権者平等原則に反しているのではないかと言わざるを得ません。

(三)まとめ

以上を踏まえ、中国では、クローズアウト・ネッティング制度の適用について一概にまとめると、カウンターパーティーに破産以外の期限利益喪失事由と解約事由が発生した場合には、中国の契約法の規定とマスター契約の約定に基づき、双方のネッティング制度における相殺は特に問題ないが、カウンターパーティーに破産が発生した場合には、「企業破産法」の制限を受けることにより、当事者の意思自治と法律の強制規定との間で抵触が生じることになる可能性があるかと思われます。

また、中国の「企業破産法」は金融機構の破産も適用とされたものの、中国の特別な政策において、金融機構の破産事件が極めて稀のようでありますし、特に破産に関わるクロスボーダー店頭デリバティブ取引の弁済紛争について、今までこのような実例がありません。

よって、中国では、クローズアウト・ネッティングはなお理論上のものに過ぎず、司法実務上の有効性と実行性がまだまだ未知数であるといえます。

以 上


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